[ユマの冒険] 
作/画:たいぎ





「イキ。権力を手に入れた人間が最後に望む物って何だか分かる?」

 イキは先刻の事を思い返していた。

 アムジカがゲンジによって捕縛された父を見つめて静かに話し始めたこと。

「不老不死よ。」

 王が六年前に世継ぎを諦め、没頭したのが不老不死になる方法だった。

 世継ぎがいないのなら、自分が玉座に永遠に座りつつけようという境地に達したのだ。

 バラム・キツュの森の秘薬が存在したことが、伝承にある不老不死を信じさせる結果となった。それから文献を読み漁り、それ関係の人間たちを雇い入れ、何かしらの実験を繰り返し、遂に手に入れた。もとい手に入れたと思ったらしい。

 不老不死になったと思い込んだ人間が陥るのは、自分以外の人間への不信感である。

 不老不死なったかどうかなど、死んでみなければ分からない。

 死なないが死ねないに変わり、死にたくないと思うようになる余り、他人に害される恐怖に取り付かれるのだ。

「その結果がこれよ……。」

 吐き捨てるようにいったアムジカの視線の先には、自由を奪われ怯える父の姿。

「不老不死なのだから、何をされても死ぬ事は無い筈なのにね。殺されると思い込むなんて、その為に国を傾けてしまうなんて、何故不老不死を求めたのか。皮肉にも程があるわ。」

 アムジカが真相を知ったのは、婚約を交わした夜。イキの叔父、ウツキ・ツヌニハが訪れた時だった。

 ウツキによって齎(もたら)された真相。父王の変遷とアムジカを疎(うと)んじての縁談。

「計画を持ちかけたのは私。でも、そうすることを見透かされていただけ。

 貴方の叔父さんの不思議な力を知り、可能な計画だと自信もついたけど、決心もつかずにいて……。白虎となって貴方に会いに行ったのよ。イキ……。」

 イキに振り返ったアムジカは微笑んでいた。

「嬉しかったわ、貴方の姿を見た時は。イキは気付いてなかったでしょう?毎日のように貴方に会いに行っていたのよ!のんびりとした時間だったわ。私は白虎だもの密林の王者よ。襲われる心配なんてない。本当に自由だったの。

 このまま貴方を見て暮らそう、国も王女の立場も忘れてしまおうって、そう思った時よ。

貴方のお仲間が現れたのは……。」

 良くも悪くもユマたちの出現が王女を決断させるきっかけとなったのだ。

 本気で計画を実行するきっかけと。

 イキの心は痛んだ。それが自分に起因することであるから。

 ユマたちに白虎退治を依頼した。恋しい幼なじみを殺せと依頼した事となる。

 それがアムジカを決断させ、こんな結果を呼んでしまった。

 アムジカに会う為だったのは皮肉ですらあった。

 

 王の私室には縛られ自由を失った国王が咽(むせ)び無く声が響いていた。

 その声に我に返ったイキ。既に目的の場所に辿り着いていた。

 アムジカを元に戻せば助かる。

 元に戻す方法はアムジカに聞いている。

 私室に入り、少し探すと見つかった。

 王の大剣。

「死なせないよ、アムジカ……。」

 ゆっくりとした動作で剣を拾い上げる。

 それを見た国王が恐怖に震える。

 王の前に仁王立ちするイキ。

「アカブナプ王!不老不死など紛(まが)い物である事を証明して差し上げる。」

 大剣を大上段に振り被る。

「やめて!王を殺したら駄目!」

 ユマだった。

 イキがしようとしている事を察知したユマがチルに跨りかけつけたのだ。

 それを敢(あ)えて無視したイキ。

「お覚悟!!」

 大上段に構えた剣を一気に振り下ろした。

 国王が持つのに相応しく、剣の切れ味は素晴らしかった。

 両断される国王。血飛沫が吹き上がる。

「これで、アムジカも助かる……。」

 返り血を浴び続けている中、安堵の思いで呟くイキ。

次の瞬間。イキが目にしたものは、雄叫びを上げながら立ち上がる国王。

「そ、そんな……。」

 愕然とするイキ。

 肩口から上半身を両断され、生きている筈もない王がゆっくりと歩いてくる。 

 同時に王の体から放射線状に放たれる白い糸。それが幾つもの束となり、辺りを激しく打ち付け始める。巻き込まれたイキが打ち据えられ壁に叩きつけられた。

「イキさん!」

 慌ててイキの元に駆け寄るユマ。間髪入れずにチルの背にイキを担ぎ上げると、私室から飛び出した

(どういうこと?あれじゃ、まるで……。)

 出口を目差し、廊下を駆け抜けるユマ。

 そこへ伸びてくる糸の束。

「うそぉ、追っかけてくるのぉー。」

 その言葉と共に通用口から飛び出した。

ゲンジが何事かと振り返る。

見れば、チルに跨りイキを担いで駆けてくるユマ。

続いて姿を現したのは、上半身を割かれた国王。全身に白い糸の束を触手のように生(は)やし、振り乱している。

ユマがゲンジに駆け寄る。

「お父ちゃん!」

「こいつぁ、おめぇ、あれじゃねぇか!」

 ゲンジがユマに声をかけた。

「そ、そうなんだけど……。主が見当たらないわ。」

 答えたユマにゲンジが首を傾げる。

 そこにシュレイが珍しく声を掛ける。

「腰を見てみろ。」

 ユマとゲンジが王の腰に注視する。

「蜘蛛だ。」

 シュレイの言葉に唖然とする二人。

 王の血に塗(まみ)れた腰に白い蜘蛛がへばり付いている。

「王も翻魂(ひるこ)だったの?」

 ユマの言葉は事態の深刻さを物語っていた。

 そこに白虎の咆哮が轟く。

 見れば、白虎がアカブナプ王を威嚇している。

 アカブナプ王が白虎に注意を向けた。

 身構える白虎。傍(かたわ)らには、息も絶え絶えのトヒル。

「く、来るな化け物!」

 トヒルの全身は白虎に噛み砕かれ、引き裂かれたまま。到底生きている筈ない致命傷を負っているのだ。トヒル本人は、そのことに気がついているのか、無惨な姿で近づいて来るアカブナプ王に脅えて両手を振り回している。

「姫様!手を出さないで。こっちに来て!」

 今にもアカブナプ王に襲い掛かりそうな白虎にユマが声を掛ける。

 そう、まだ白虎の心は姫様のまま。呪いは解けてはいないのだ。

 その時にユマの膝元、チルの背で気を失っていたイキが目覚めた。

「ここは……、あれから、どうなって……。」

 そこまで言葉にして、状況に気づいた。

「イキさん、大丈夫?」

 ユマに声を掛けられたイキは、慌ててロバの背から身を下ろす。

「ユマちゃん。これは、いったい。アムジカは?アムジカは無事?元に戻れたのかい。」

「無事なのは無事だけど……。」

 ユマはそう返事をして、再度白虎に声をかける。

「姫様、早く!巻き込まれちゃうわ、早くこっちに来て!」

 渋々、その場を離れる白虎。ユマの言葉は、イキにアムジカが元には戻っていないことを認識させた。

こちらに駆け寄ってくる白虎の後方では、トヒルが思うように動かせない体を引き摺って、必死にアカブナプ王から逃げようとしている。そのアカブナプ王に意識があるのか定かではないが、ゆっくりとトヒルを目差して歩みを進めていた。

「ああなっては、どうしようもない……。」

 アカブナプ王とトヒルの様子を見つめるユマ。

 そこにトヒルの絶叫が轟く。

 アカブナプ王が放った白い糸束がトヒルに絡みつき、己が身に引き寄せると王の両手がトヒルを無造作に掻き毟(むし)っている。

「ぎゃあああああ、やめろ!やめてくれ!」

 激痛にのたうち、身を離そうにも絡まる糸がそうさせてくれない。

「いたい、たすけて、誰か助けてくれぇ……。」

 懇願(こんがん)するトヒル。その声に堪(たま)らず駆け寄るユマ。

 ユマに注意を取られるアカブナプ王。お陰でトヒルを甚振(いたぶ)る手が止まる。

 その隙を突いて、王のもとからトヒル掻っ攫(さら)うユマ。

 何が起こったのか分からない様子のアカブナプ王。白い糸束をくねらせて、在らぬ方向へ歩いていく。もう目が見えていないのかも知れなかった。

 広間の隅へ身を横たえたトヒル。既にもう人の形を留めていない。

「たすけて、たすけて……。」

 涙ながらに懇願するトヒルに唇を噛み締めるユマ。

「これが、あたしたちの、翻魂(ひるこ)の呪いの本質なのよ……。」

 涙を浮かべ、トヒルに語りかけるユマ。

「あなたは散々あたしに言ってたわね、殺してやるって……。知らなかったのね。あたしたちは死なないの、いえ、死ねないのよ。例え、この身が千の肉片に変えられても決して死なない。肉体の破損が限界を超えると、もう元には戻らない。激痛の中、未来永劫に生き続けること。それが翻魂の呪いなのよ。あなたが知らなかったのも無理ないわ。不死になったなんて、それこそ死んでみなけりゃ分からないことだもの……、だから言ったのよ、一緒に呪いを解く方法を探そうって。それなのに……。」

 ユマの悲痛な言葉。

「いたい……。たすけ、たすけて……。」

 それを聞いているのか、トヒルは助けを請(こ)い続けている。

 ゲンジがユマの肩に手を掛ける。

「もういいだろう……。」

 涙ながらにゲンジに振り返るユマ。

 暫(しば)し見つめあい、何かの覚悟か、黙って頷くとトヒルに向き直る。

「ほんとはね、呪いを解く方法をひとつ見つけてあるの。長い旅を続けて、やっと手に入れた方法。それは翻魂を殺す武器。呪いを無効にする死を与えてもらう太刀。」

 呟くように語るユマの告白。そして、その場をゲンジに空(あ)ける。

「やれやれ、しゃあねぇなぁ。」

「おとうちゃん……。」

「こうなっちまったら、しょうがねぇだろ?」

「ごめん……、お願い……。」

 背から不可思議な紋様の入った筒布をおろす。

 筒布から取り出したのは一振りの太刀。

 鞘から抜き放たれた刀身は黒光りし、青白き霧を纏う。

 それは、ユマがいつか死ねるように用意したものだ。

 その太刀を以(も)って、ゲンジがトヒルに引導を渡す。

 トヒルの上半身を起こし、黒光りする刀身が胸を貫(つらぬ)いた。

 瞬間、黒い炎が吹き上がる。

トヒルの上げる断末魔の叫びの中、黒き炎に包まれる。

それを見ているユマ。目を逸らしてはいけない気がした

トヒルが燃え尽きたのを見届け、ゲンジはアカブナプ王に向かう。

何かを探っているかのように両手を前に差し出し、右往左往しているアカブナプ王。

その様子でユマは、王は誰かを襲おうとしているのではなく、助けを求めているのだと勘付いた。トヒルにも襲い掛かったのではなく、激痛から逃れようと縋(すが)り付いたのだろう。

「あんたにゃ、何の恨みもねぇが、その姿で生き続けるのも辛かろう。」

 その声でゲンジの接近に気が付くアカブナプ王。

 ゲンジの突進。それに反応し、無数の白い触手が覆い被さってくる。

 それを捌き、避け、ゲンジは下段から一気に太刀を切り上げた。

切り裂かれ、黒い炎が吹き上がる。

黒き炎に焼かれるアカブナプ王。

その場にいる全ての者が、それぞれの思い、様々な感情に捉われて見守る中。

身を捩(よじ)り、体を引き攣(つ)らせ、言葉も無いまま。

そして燃え尽きた。

 


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