あれから、かなりの日数が過ぎ去った。
ここは、国境(くにざかい)に設置された関所である。
このカバルカン王国は戦乱の続くカキシャ河沿岸流域にあって、常に戦時下に近い為に国々の往来には手間が掛かる。関所まえには、大勢の人たちが行列を作っていた。
「もう、この国ともお別れかぁ……。なんか色々あったから、名残惜しいよねぇ。」
ユマである。
いつものようにロバの背に荷物と一緒に背負われて、手続きの順番を待ちながら、旅立ちに際して感慨に耽っている。
見上げた空は、青く透き通り、いつもより高く見える。
秋の近づきを感じさせていた。
「あのトヒル。ウツキさんだったっけ。それにアカブナプ王。
正直、あんな形で死なせたくなかったな……。」
ウツキ・ツヌニハもアカブナプ王もユマにとっては身近なことであり、また明日は我が身の事なのである。
そんなユマの呟きをゲンジは黙って聞いている。
クァン・シュレイは、いつものように飄々(ひょうひょう)としていた。
あの時受けたユマの怪我は、かなり重傷で治癒するかどうかと不安であったが、なんとか傷も癒え、漸(ようや)く旅立つ事が出来た。
「あたしも、もし、あんな風になっちゃったら、その時はお願いね。」
ユマは俯(うつむ)いて、小声で頼む。
そんなユマの頭を撫でるゲンジ。
「心配するな。そうなる前に呪いを解いてやるさ。」
「うん。」
しおらしいユマの返事。
アカブナプ王の死後、アムジカ王女に掛けられたトヒルの呪いは、無事に解き放たれた。、元に戻ったアムジカ王女は、心から喜ぶイキ・ツヌニハに涙ながらの笑顔を見せた。イキと二人っきりになる機会は無かったが、それでも満足げであった。それから現存する最後の王族として、事件の処理に国政にと山積みとなっている問題の処理に奔走し、なんとか国の形を留めておけた。これからは、臣下をまとめ、新たな国主になるのだろう。皆、例外なくアカブナプ王に辟易(へきえき)していた者たちである。喜んで受け入れるはずだ。
魔物と化した白虎は、ゲンジによって一刀のもとに屠られた。
垣間見た、ゲンジの本気であった。
今回、何も出来ずに後悔ばかりが残る結果になったユマだが、最後に策を弄しておいた。
アムジカ王女は、呪いを掛けられ操られていたとし、アカブナプ王は、魔物に取って代わられていたとした。アムジカ王女に降りかかった呪いにアカブナプ王に掏(す)り代わった魔物は、バラム・キツュの森からの禍(わざわい)であり、その尖兵として白虎が現れたと筋(すじ)を書いたのだ。
バラム・キツュの森の伝承を子供の時から聞かされているカバルカン王国の人なら、うまく信じてくれるだろう。 バラム・キツュの森の伝承が、またひとつ増える事になる。
近隣諸国にも、いい抑止力になるだろう。
そして、イキ・ツヌニハこそが唯一立ち向かった勇者なのだと。
彼は、救国の英雄になったのだ。
元々、出自は由緒正しい家柄の出の彼である。
後は、うまく立ち回れば、アムジカ王女との結婚も難しくは無いだろう。
二人の結婚を見届けることが出来ないのは残念だが、事件の当事者がいつまでも留まっているのは、妙な噂が立つ元だ。
暫(しばら)くし、落ち着いた頃を見計らって、アムジカがユマの見舞いに訪れた。
色々な話が聞けた。ユマの知りえなかった裏の事情も分かった。
アカブナプ王の不老不死は、結局本物であった。それが残酷な呪いであったとしても。
どうやって手に入れたかは不明だが、おそらくアカブナプ王は、呪いの本質を知っていたのだろう。不老不死を手に入れるため、様々な実験を行っていたという。それ故、本質を知ってしまい、極度に他人に害されるのを恐れていたのだ。
アムジカとイキは、事の詳細を知りたがっていたが、曖昧(あいまい)な答えをしておいた。世の中、知らないほうがいいものもある。
最後にアムジカの言った言葉。
「初めから何もかも貴方たちに打ち明けていれば、こんなに多勢が命を落とす事も無かったでしょうに……。」
それが救いであった。
感慨に耽(ふけ)っていたユマ。気づくと、とっくに関所を抜けている。
道は、草原を横切る街道だ。旅人の姿も多く、快晴の日差しに影も濃い。
「それで。シュレイ、バラム・キツュの森はどうだった?」
元気を出してユマが聞く。
「もう何も無い。」
いつもの素っ気ないシュレイの返答。
「まぁ、主が倒されてんじゃ、しかたねぇさ。また見つかるだろ?」
ゲンジの楽観的な言葉に微笑むユマ。
実は、ユマたちがこの国に来た目的はバラム・キツュの森である。翻魂の呪いを解く手掛かりを求めて、噂を頼りに訪れたのだった。
事件に巻き込まれたのは、ユマのお人好し故だが、またそれも呪いなのかも知れない。
「しかし、せっかくの女盛りなのに、そんななりじゃ嫁にも出せやしねぇ。」
ゲンジのぶっきらぼうな言い方。
父の軽口もときには心地いい。
「そだ、次に行く所での情報収集のね、作戦立ててるから、今度はちゃんとやってよ!」
気色満面に言うユマにうんざり顔のゲンジ。
「なによぉ、その嫌そうな顔は!」
チルの背ですっかり膨れっ面に変わったユマの顔。
「わかった、わかった。仰せに従いましょ。」
渋々、承諾するゲンジ。
「次こそ、いいことあるといいな?」
優しく見つめて話す父の顔。
「そだね。」
と返事して、チルの頭を撫でてやる。
そんな二人のやりとりを後ろで見つめて、微笑んでいるシュレイ。
秋の匂いが薫(かお)る旅の空。
地平線まで続く街道が旅人を優しく迎えていた。
おしまい。
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