[ユマの冒険] 
作/画:たいぎ



 城内は混乱の極みにあった。

 王女が人質に取られ、緊張の極致にあった城詰の兵士たち。

魔物と呼んでも差し障りのない巨大な白虎が城内を駆けずり回っても手出しを禁じられ、固唾を飲んで情勢を見守るしかなかった中での王女の謀反の露見。

ここに至っても王は姿を見せず、近年起こった王の粛清で、この事態を統轄できる人材もいない。

兵士たちは隊別に各々の判断で行動するしかなく、統制をとるのが難しい状況にあった。

そんな城内の一角に毛色の違う集団がいる。

トゥラン・スイパ王国の随員たちである。

「やれやれ。こんな騒ぎになるとはな、これでは此方も動きが取れない。」

「所詮、平和惚けした奴らですから。」

「折角の機会だったのだがな。」

「歯痒いですな、全く……。」

「仕方あるまい。只でさえ我らの評判は芳(かんば)しくないのだ。下手に介入すれば、余計な不評を被(こうむ)るばかりだからな。」

「警戒されるとやり難(にく)くなるのは必至。それだけは避けたいですな。」

「それでは一先(ひとま)ず国許へ戻られますか?」

「そうしよう、一先ずな……。」

「御意。」

 

混乱している城内。

 兵士たちが右往左往しているのを扉の隙間から覗き見ている男二人。

 ゲンジとイキである。

トヒルを追ってユマが飛び出した後、イキを連れ、咄嗟(とっさ)に身を隠したゲンジ。

 それから兵士たちが徘徊する城内を隠密に何処かへ移動していた。

「どこに向かっているんです?」

 イキである。

「どこって……、行く所はひとつしかねぇだろ。」

 素っ気ないゲンジの返事に苛立つイキ。

「だから、何処なんです?」

 イキの言葉に視線を向けるゲンジ。

「王さんの所だよ。」

「へっ?……。」

「こうなっちまったら王さんしかいねぇだろ、騒ぎを収められるのは。

 どのみち、あのトヒルも姫さんも王さんの所に行くしかねぇ、その前にこっちでけりをつけるさ。」

「けりをつけるって……。」

「ほら行くぞっ、逸(はぐ)れるなよ。」

 言ってゲンジは、人気の途絶えた廊下を歩き出した。

 

 

 王城屋上。

 ユマとシュレイ、トヒルと白虎のタッグマッチ。

 ユマたちは、不利な状況にあった。

 白虎の攻めに加えて、トヒルが使う不可視の力。今のユマは、先程のようにトヒルの力を無効には出来ない。

 防戦一方となっていた。

「嬢ちゃん、なかなかやるじゃないか?」

 トヒルの攻めを散々かわして、激しく息を弾ませているユマにトヒルが零した。

「はぁ、はぁ、あんたもそれなりに動けるじゃない。」

「辛酸を嘗め尽くしてきたのだよ。それなりにな。」

 ユマの背後で白虎が苦痛に吼える。シュレイがダメージを与えたらしい。

「ほんと、ちょっとどいてくれるぅ、あたし用事があるんだけど。」

「なあに、後少しのことじゃよ、お前さんの用事とやらも無用になる。」

 続くトヒルの攻め、段々人間離れしていく。

 両腕が伸びたかとおもうと鞭のように撓(しな)り、打ち付けてくる。

 なんとか避けてみせたユマだったが、追い討ちをかけるトヒルの蹴りが飛んできた。

「あぐっ!」

 胸にまともに喰らい、もんどり打って倒れるユマ。

 激しく咳き込み、態勢を立て直せない。

 見ればトヒルの両腕が迫っている。

 その両腕をシュレイが十字槍で弾き飛ばした。絶妙の援護である。

 すぐに白虎に向き直るシュレイ。

白虎は、全身の至る所から血を流していたが、傷が見当たらない。傷を受けた傍(そば)から再生するのである。

(トヒルと白虎を引き離さなくちゃ駄目だ……。)

 ユマも分かっているのだが、こちらの思惑もトヒルには見抜かれている。

 先程から絶妙のタイミングで入る援護のお陰で致命傷を負わずに済んでいるが、それもいつまで続くか分からない。

 とにかく状況を打破しなければならない。

「あぁ、チル。早く戻ってきて……。」

 ユマは声にならず呟いた。

 

 

 謁見の間。国王が玉座に座り、公務を執行する部屋である。

 城内、城外の様々な人間が陳情を持って出入りする大広間でもあり、国外からの賓客を迎える事もある為、見栄えも良く、また空間もかなりのものになっている。

 だが今となっては陳情を持ってくる人間も絶えて久しい。国王の沙汰で制度を廃止したのだ。

 もはや華やかりし頃の面影もないこの部屋に、ゲンジとイキは辿り着いていた。

「どうなってるんです。」

 イキがゲンジに尋ねる。

 謁見の間は、血の海と化していた。

「斬撃の痕……。斬られたみてぇだな、酷(むご)いことしやがる。」

 兵士や文官、婦人の姿まで見受けられた。皆、抵抗の痕なく切り伏せられている。

「斬られた?斬られたって誰にです?。」

「相当な手足れか……、でなけりゃ、手を出せないほど身分の高い人間か。」

「それって……。」

「とにかく行ってみなきゃあわからねぇ。急ぐぞ!」

 ゲンジの言葉に頷くイキ。

 謁見の間の奥、玉座の後部に半地下仕様で備えられた鉄製の扉。

 王族の居住する区画への通用口である。

 扉は開いたまま、血の痕に乗って数人の足跡が中へと続いている。

「行くぞ。」

 一言発し、ゲンジが先に立って中へと進む。

 幅の狭い廊下は一本道だ。

 行き当たった場所は、おそらく国王の私室。

 扉の前には、国王付きの衛兵らしき数人の死体。謁見の間の死体と同じ斬傷だ。

 私室の扉を潜(くぐ)る二人に声が聞こえてきた。

「この裏切り者めが、子が親を切るのか!」

「裏切ったのは、父様でしょう!家族を、臣下を、国民を何だと思っているの。父様の道具ではないのよ!」

 言い争う声が二人に届く。

「いかん!」

 駆け付けたゲンジが見た光景は、娘が父と対峙する姿であった。

 国王と王女がゲンジに気付く。

 国王の右腕には大剣が握られ、王女は短刀を胸元に握り締めている。

「やめろアムジカ!」

 イキの叫び。

「イキ……、もう駄目なのよ。やめられないわ。見たでしょう謁見の間の光景を。」

「まさか、君がやったのか?」

 イキの問いに首を横に振るアムジカ。

「父よ……。」

 短く答えた王女の顔は蒼白だった。

 

 つい今し方のことである。

 チルに送られたアムジカは、迷いを振り切り謁見の間に辿り着いた。

 国王がいた。

 先刻よりの騒ぎに堪り兼ねて姿を見せたのだ。

 父が自分に気付いた。手に母の形見の短刀を握っているのにも。

 捕縛を命ずる声が兵士たちに飛ぶ。

 躊躇する兵士たち、心情はアムジカの側なのだ。

 苛立つ王は、突然近くの者を切り伏せた。

 既に常軌を逸していた。

 諌(いさ)めに入る者を片端から手討ちにしていく。

 その内、その場にいる者を見境無く襲いだし、抵抗も出来ずに逃げ遅れた者は、その手に罹(かか)っていった。

 そして、アムジカを認めると何に恐怖したのか、怯えて逃げ出した。

王の私室。自分の巣へと……。

 

「もう、父に王たる資格はないわ。私は王族の罪を父の死をもって裁きます。」

決意に満ちたアムジカの言葉に取り乱す国王。

「な、何を言う。王の命を聞かぬ臣下を手討ちにして、なにが罪か!」

 そう言い放ち、娘に切りかかる。

 その大剣を弾いたのはゲンジの太刀だった。

 イキは、ここに至って漸(ようや)く理解した。

「王は狂っている……。」

 イキの零した一言に、アムジカも胸が詰まる思いだった。



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