[ユマの冒険] 
作/画:たいぎ



 王都近郊、城下町の外れが密林との境界となっている。

 その境界に闊歩(かっぽ)する蹄(ひづめ)の音。

「いつもは、お寝坊さんのくせに今日は早起きしてどこ行っちゃったんでしょうねぇ。」

ユマである。

密林に分け入る境をロバの背に揺られて、ぱかぱかと徘徊(はいかい)しながら、ひとり喋っている。

「まったくもう、いつもいつも作戦通りにやらないんだから……。

お父ちゃんたら、あたしたちだけで白虎の相手をしろっていうのかしらね、ねぇチル。」

 ロバは淡々としたものである。

「この辺りなんだけどなぁ……。あたしの予想だと、この辺りに待機させてるはずなんだけどなぁ……。」

 ぶつぶつと喋りながら暫(しばら)く徘徊を続けていると、前方の茂みに白い虎縞模様が動いているのが目に入った。

「白虎はっけーん!」

 ユマの元気な声が梢(こずえ)に響き渡る。

 白虎がユマに気付いた。

そうなるように仕向けたのだが、茂みを割って身を乗り出す白虎を見たユマ。

「こ、こわっ!」

 先日捕らえようとしたときとは、迫力が段違いである。その身に宿る凶暴性が魔性のオーラとなって目に見えるようだ。

「きょ、今日は思う存分遊んであげる。掛かってらっしゃい!」

 威勢はいいが声が震えている。

 白虎が吼えた。腹の底に響く、餌を威嚇する肉食獣の咆哮だ。

「で、でも手加減してね。」

 ユマが言い終わるのを待たず白虎は襲い掛かって来た。

「来たぁあああ!」

 ロバにしがみつき、動きに身を任(まか)すユマ。

 ロバは、軽くステップを踏んで白虎の牙をかわし、間合いを取る。

「うまいチル!このまま奥へ、都から遠ざけるのよ。」

尻尾を振り挑発しつつ密林の奥へと誘(おび)き寄せる。

 白虎はユマの意図に気が付かず、挑発に乗って追っかけてきた。

 白虎は、この度の計画で重要な役割を担(にな)っているはずである。その為、行動の自由を与えず、トヒルの指揮下から外しておくに越したことはない。しかし、トヒルによって姫様との間にどのような力が働いているか分からず、下手に傷つけるわけにはいかない。

 ユマの役割は、シュレイがトヒルを捕まえるまで足止めをすることなのである。

「後は時間稼ぎね……。」

 ユマの額には汗が浮いていた。

 

 

 一方、港通りにある宿<月夜の梟亭>

その一室にシュレイとイキ、イキの父親であるパルマ村村長とトヒルが集(つど)っていた。

先刻の邂逅(かいこう)で事情が変わってしまっていた。謀略の首謀者と目(もく)される人物が身内だったからだ。

トヒルの正体は、村長に因(よ)って明かされた。

ウツキ・ツヌニハ。村長の弟であり、イキにとっては叔父にあたる。

とりあえず話し合いの場を設(もう)けることなり、取ってある宿の一室に腰を落ち着ける事となった。

ユマには悪いが、その方が得策だとふんだのだ。

「何て無茶な真似をしておるのだ。そんな大それた事をして、どうなるか分かっておるのか!」

 村長は激昂していた。

 今、事情を説明したところである。

 村長の怒りはイキとトヒル、ふたりに向けられていた。

「兄よ、そう声を荒げることもあるまい。このまま事が進めば、何もかも上手くおさまる。」

「常軌を逸しておる。王国を滅ぼすなど正気の沙汰とも思えん!」

「王国を滅ぼすとは言っても、それは王家が滅び、国の首長と名が名義変更されるだけの事。我らに不都合な事などあるまい?」

 シュレイは話し合いに加わる気が無い様子で、目を瞑ったまま十字槍を腕に抱き壁に背を預けている。

 ウツキの言葉にすぐに反応したのはイキである。

「え、じゃあ中立国宣言を逆手にとって王国を壊滅させるなんてことは……?」

「勘繰り過ぎだな。そんな事をして何の得がある。」

 ウツキの言葉にイキが視線をシュレイに送る。

 イキの視線に気付き、その意味を汲み取ったシュレイ。

「いつもの事だ。」

 と、一言。

「へ……。」

 拍子抜けしたイキである。

「王家を滅ぼすだけと気安く言っているが、大変な事なのだぞ。分かっているのか?」

 村長は信じられないといった面持ちで顔を振っている。

「王家には、我らも恨みがあろう。何を遠慮することがある。」

「禁を破ったのは私だ。あの時の仕打ちも納得しておる。」

 自分に言い聞かせるように話す父親にイキは、今まで聞きたくても聞けずにいたことを強く意識した。

 何故、城を追い出され、辺境に流される事になったのかを……。

「父さんたち、いったい何をやったんだ?どうして城から追い出されるはめになった。

 それに……、どうして母さんは死んだんだ……。」

 積年の思いが感情の昂(たか)ぶりを呼んでいた。

 感情を迸らせ尋ねるイキに父も覚悟を決めた。

「わかった……、話しておこう。事がこう迄大きくなったのなら仕方在るまい……。」

 そして父は、ぽつぽつと話し始めた。

 

六年程過去に遡(さかのぼ)る。

 王城に詰めている文官の中でもツヌニハ家はそれなりに格式があり、将来を嘱望(しょくぼう)される家柄であった。故に王家とも懇意(こんい)の間柄でもある。

 事はカバルカン王国の現王アカブナプの一言で始まった。

 妾妃の選別である。

 未(いま)だ王の血を引く子供はひとり。それも女子である事が王に焦燥感を与えていた。

 この国は微妙な均衡を取って独立を保っている。

 世継ぎが婦女子では、他国の王族たちは当然、婿の座を狙ってくる。婿をとれば、その国の従属にされるのは目に見えてあきらか。だが縁談を断りつづければ外交にも支障が出てくる。

 つまり独立を保つのが甚(はなは)だ難しくなるのである。

 現王、正妃は共に高齢である為、正妃に期待することも出来ず、故に新しく男子を儲ける為の妾妃選びなのであった。

 この任に当たったのがイキの父、ナム・ツヌニハである。

 王好みの婦女子には幾人か心当たりがあり妾妃選びは順調にいったが、問題は王の精力の衰えであった。これがツヌニハ家に任を下された理由である。さすがに公言を憚られる事柄なので王家と親密なツヌニハ家が任に当たることになったのである。

 ナム・ツヌニハは様々な方面にあたってはみた。

 薬、鍼灸、果ては呪(まじな)いに至るまで。しかし、どれも功を奏さず諦めかけた時、バラム・キツュの森の伝承を思い出した。

<万病に効く秘薬がバラム・キツュの森に植生する植物を使って調合できた。>という件(くだり)である。

 だがバラム・キツュの森は禁断の地。如何なる者も立ち入ってはならない。

 悩んだ末、弟のウツキ・ツヌニハについ零(こぼ)してしまう。

 ウツキは王家存続の為とあれば仕方ない、自分がバラム・キツュの森に行こうと買って出た。

 迷ったが、ウツキの提案を飲む事にした。

 早速、バラム・キツュの森に向かったウツキ・ツヌニハ。

 バラム・キツュの森は、恐怖に満ちていた。

 ウツキは幾度となく命の危険に晒(さら)され、その度に同行させた侍従が命を落としていった。

 この森の主のような巨大な白虎を追い詰め、重傷を負いながら運も重なって辛うじて仕留めた時、その目に映ったのが薬草たるべき植物だった。

 試しに煎じて飲んで見たところ、全身の傷がたちどころに癒え、効果を確信しての帰路となる。

 秘薬を手に入れたナム・ツヌニハは、喜び勇んで王の元へ届けた。

 はたして、望んでいた結果は得られず、この世にふたつと無い秘薬と謳(うた)って渡された物だけに王の落胆は大きく、秘薬を手に入れた詳細を聞きたがった。

 ナム・ツヌニハは、内心怯えつつも王との中を信じて、包み隠さず告白した。

 バラム・キツュの森に頼っても駄目だったかと、王は諦める旨(むね)を言い渡した。

 お咎めを受ける事も無く内心ほっとしたが、王の落胆ぶりは見るに忍びなかった。

 それからである、王が変わり始めたのは。

 連日のように書庫にこもり、珍しく姿を見たと思うと今度は妖しげな人物を城に招き入れ、密談を繰り返すようになった。

 国政も滞(とどこお)りはじめ、城内に不安感が満ちたとき、暗に皆の期待を察したナム・ツヌニハが忠言を申し入れるが、その返答は禁を犯した罪を鳴らしての処分の沙汰であった。

 バラム・キツュの森に踏み入った件である。

 ツヌニハ家は身分剥奪の上、辺境へ放逐となった。

 この裁きに抗議してイキの母は、城内のエントランスで首を吊った。

 

「以来、アカブナプ王の噂は耳に入ってこない。まぁ、辺境暮らしなれば仕方ないがな。」

 話終えた父の顔は、いささか疲れて見えた。

 ウツキが続ける。

「王家のためにと私が命がけで働いた事など、微塵も感謝してなかったのだ。

見ろ!この体を。」

 そう言って両腕を広げるウツキ。

「甥っ子でさえ気が付かぬ程、醜く節くれ立ったこの体。その代償がバラム・キツュの森の番人だ。親類縁者に会う事も許されず、それを何故に承諾せねばならん。」

 身を震わせて言う弟に哀れみの視線を送るナム・ツヌニハ。

「然(しか)しだ。もうこれ以上は見過ごせない。お前がやろうとしている事を知ってしまったからには……。」

「もう遅いよ兄上。事は動き出している。トゥラン・スイパ王国も途中で止めたりしないだろう。千載一遇の機会だからな。それにアムジカ王女の願いでもある。」

「アムジカの願いだって?」

 イキである。

「そうこの度のことは、アムジカ王女の発案なのだから……。」

 答えたウツキにその場の皆が驚いた。



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