[ユマの冒険] 
作/画:たいぎ


明けて翌日。

 ユマが目覚めたのは、日も暮れかかった夕方だった。

 パルマ村の村長の館である。

 館のあてがわれた一室にゲンジたち三人はいた。

 夜明け近くに部屋へ戻ったゲンジたちは、早速ユマの治療をおこなった。使用した薬はゲンジたちの所有する通常にはない秘薬である。その治療効果は劇的で折れた左腕の骨は、ほぼ繋がったように見えるが完治には至っていない。折れた左腕には添え木が当てられ、包帯で固められていた。

 ユマは目覚めるとすぐに遅めの昼食を取り、今は部屋に備えられた小卓に齧(かじ)り付いて何やら書き殴っていた。

 顔色は蒼白のまま、時折唇を噛んでいる。まだ相当の痛みが残っていた。

 ユマの後ろでは、床に座ったゲンジが太刀の手入れをしている。

 シュレイも今は、ただ十字槍を見つめたまま、じっと座っていた。

 昨夜、村へと戻る道行(みちゆき)でイキとチルに出くわし、互いに起こった出来事を話し合っていた。

 イキは、姫様を連れ去られたことで、えらく憤慨(ふんがい)した様子だった。

 チルはと言えば、ぐったりとゲンジに抱えられているユマを見て、目を丸くして驚き、そして申し訳なさそうに垂れた耳が印象的であった。

「ユマよぉ、寝てた方がいいんじゃねぇか、まだ痛いだろう?」

 ゲンジである。

 その声にくるりと振り向いたユマは、キッとゲンジを睨んだ。

「痛くて眠れやしないわよ!まったく、あんな奴に手も足も出なかったなんて、情けなくって涙がちょちょ切れちゃうわ!!」

 かなり怒っている。

 自分が人質になっていたことを忘れての言い分だ。

その様子を見て、部屋を抜け出そうとしているシュレイ。

「シュレイ!」

 ユマに怒鳴られて、ピタッと動きを止めると背筋を伸ばし俯(うつむ)いている。

「シュレイ、あんたも!何あれ、簡単にやられちゃって。その黒ずくめの格好はあれですか、伊達ですか?」

 ドン、と床に十字槍を立てると、その場へ座り込むシュレイ。

「次はあたしが、ちゃんと作戦立ててるんだから、みてろよ〜、あのトヒルめ!」

 そう言うとユマは、またガリガリと書き殴り始めるのだった。

 

 一方食堂では、村長とその息子のイキが食卓に付いていた。

 給仕たちがいつものように夕食を並べている。

「夕べ、何処へ行っていた?」

 村長が言った。

 葉巻を吹かしながら淡々とした調子である。

 イキは答えない。

 愛しい人を心配し、心ここにあらずの様子である。

「イキ!夕べ、どこに行っていた!」

 怒気を含んだ村長の大声にようやくイキは視線を向けた。

 しかし、何も言う気には慣れなかった。

 得体の知れぬ者に愛しい人をさらわれたのである、心配で気掛きではない。

 そんな様子を見て村長は質問を代えた。

「あいつ等も昨日、姿を見なかったが……、お前たちいったい何をやっている。白虎は退治したのか?」

 黙って首を横に振るイキ。

「まったく、役に立たない奴らだ。もういい、あいつ等は首だ!明日には館から追い出せ、次の者を探す。」

「そんな……。」

「役に立たぬ者をいつまでも置いておいても仕方なかろう、早く次を探さないとな!」

「次を探すたって、もう間に合わないよ、婚礼は明後日(あさって)なんだし……。」

「婚礼?何のことだ、白虎退治が婚礼と何の関係がある。」

「何の関係があるって……。だって父さん、白虎の毛皮を献上するつもりだったんだろう?」

「何を言っている、誰がいつそんな事を言った。白虎は単に村の脅威だから退治しようと思ったまで、まったく変な勘違いをしよって。」

「そうか……、まぁ確かに魔物だったしね……。」

 このイキの言葉に村長の眉がぴくっと動いた。だが村長はそのことについて、あえて追求はしなかった。

 

 

 翌日、カバルカン王国王都。

 すっかり傾いた西日に空は赤く染まり、帰りを急ぐ人々の喧騒が賑やかに聞こえてくる。

 ゲンジたちは、パルマ村を早々に離れ、港通りの一角にある宿(月夜の梟亭)に部屋を訪っていた。

 西日の差し込む格子窓に面した小卓でユマは、まだガリガリと何か書いている。

 ゲンジとシュレイ、それにイキ・ツヌニハも加わり今日一日、情報収集に城下を探り回っていた。

 思いは、それぞれ。

 ゲンジにシュレイは、あのトヒルに借りを返す為に。

イキは、お姫様を救い出すために。

そしてユマはというと……。

「できたぁ!!」

 満面の笑みをこぼし、瞳を潤(うる)ませている。

 全員の視線がユマに集中した。

 すっかり日も落ちて部屋にはランプの明かりが灯り、三人が夕食をつついていた時である。

「それでは、コホン。今回の作戦を説明します。

と、その前に現状の確認からね。」

 言いつつユマは、まだ手をつけていなかった夕食に手を伸ばす。

「昨夜(ゆうべ)あたしたちが目にした出来事とイキさんの話を合わせて考えてみると、お姫様と白虎は何かしら力で繋がっているとおもわれます。」

「何かしらの力って?」

 イキである。

 摘(つま)み上げたソーセージにパクつきながらユマは、イキに視線をむける。

「分かんない。ただ状態を推測する事はできます。

いい、これには色々なパターンが考えられるのね。まず一つには、姫様と白虎の精神が同調していると考えた場合、獣は思考力が希薄な筈だから姫様の思考が白虎の体を動かしている事になるよね。すると白虎の獣らしからぬ行動も頷ける。でも、そうすると姫様の方の説明がつかないのよね。

 ねぇイキさん、お姫様は普通の女の子だったのでしょう?」

「当たり前だよ!」

「と、いうことでこれは却下ね。

 次に誰か他の第三者が姫様と白虎を操っていると考えた場合、これだと姫様の奇怪な行動は説明出来ても、白虎の行動が何か不自然。白虎は、あたしに危害を加えなかったのに姫様は襲ってきたの。だから、これもペケでしょう……。」

「おめぇは、またグダグダと……。早く要点を言え、要点を!」

 ゲンジである。シュレイとイキも頷いている。

「うるさい!せっかく考えたんだから最後まで聞く。わかった!」

 怒鳴るユマに三人は同時に溜息をつく。

「わかったからユマちゃん、早く先を進めて……。」

 イキが呟いた。

「要するにね、お姫様と白虎の心が入れ替わっているんじゃあないかって話よ!

そう仮定すると白虎の行動も姫様が獣の様だったことも説明が付くわ。」

「バカタレ!そんな事は、おめぇに言われんでも誰でも想像つくわい。なぁ?」

 言いつつゲンジは、まわりに目配せしてみせる。

「本当だよ、もしかしてユマちゃん、その事で今日一日、書き物していたの?」

 言いつつ、クスクスと笑いはじめるイキ。つられて他の二人もへらへらと笑い出す。

「おかしくない!」

 腰に手を当て怒鳴るユマ。

「はい、はい。」

 と返事した三人は、夕食の続きに取りかかりだした。

「ちょっと真面目に聞いて!ここからなの本題は!」

「わかった、わかった。ちゃんと聞いてるから続けろ。」

 食事を続けながら投げやりな態度の三人。

「んもぅ、いい、問題はねぇ、お姫様と白虎の心を交換したのは、あのトヒルと思って間違いないと思うの。そうすると何故そんな事をするのか?ってことになるわよね。わざわざ、こういう手の込んだまねをするのは、それなりの必要性があるからよ。

 また笑われちゃうから結論から言うわ。

 あのトヒル、この国を滅ぼそうとしている。」

「へっ!?」

 三人の声はハモっていた。

「何を言い出すかと思ったら、なんだ、その突拍子もない話は?」

「そうそう、何で、そんな話になるの?」

 何を言ってるとばかりに言い募(つの)る二人。見れば、シュレイの表情は硬かった。

「どういうことなんだユマ。」

「どういうことなんだユマって、今言ったとおりの意味だよぉーん。」

 ゲンジ達の様子を一瞥(いちべつ)し、小気味いいといった感じのユマ。

「だから準を追って話してよ。それだけじゃあ、どういうことかさっぱり解らないでしょ。

ねぇ、ほらユマちゃん。」

「嫌だもぉ-ん。だって、またヘラヘラと笑われちゃうもぉ-ん。

 教えてあげないよ、べぇーだ!」

「何を拗(す)ねてんだユマ。いいから、ちゃっちゃっと話してみろ!」

 少々苛立(いらだ)ってきているゲンジ。

「嫌だもぉ-ん。」

「いい加減にしろよユマ……。」

 声のトーンが低くなってきたゲンジ。

「あうっ」

 ユマは、ゲンジの低い声に竦(すく)んでしまう。

 親子ならでは、条件反射であった。

「わかった……。話すから真面目に聞いてね。」

 うんうんと頷く三人。

「いい、えっと、まずは、この国の政治状況から説明しなくちゃね。この国のあるカキシャ河沿岸流域には十数の国が乱立しています。これは、もう群雄割拠の状態で戦乱が見られないのは、この国ぐらいのものって聞いたわ。」

「そのとおりだけど……。」

「まぁ、そんな平和な国だから、あたしたちもこの国に流れてきたのだけど。では何故、この国が戦乱に巻き込まれずにいるかと考えるとね、様々な要因に思い当たるわ。

まず第一に、この国の置かれた立地条件があります。」

「立地条件?立地条件は最悪でしょう。北と西、東の三方は他国に囲まれ、南は海。それも東の国は、大国トゥラン・スイパときている……。」

 何を言っていると言いたげにイキは言う。

「そうね、でも、それが幸いしてるのよ。」

「どういうことだ?」

ゲンジが身を乗り出してきた。

「つまり、大国トゥラン・スイパの側から考えると兵力の運搬に問題があるの。

 トゥラン・スイパ王国とこの国の間には、広範(こうはん)な大河が横たわっている。兵力の運搬には当然、船を使うことになるでしょ。でも、この国に接する河岸は切り立った断崖となっていて、上陸を果たすには、カキシャ河を上流に上って、断崖の切れる霊峰山脈の麓から上陸するか、河を下ってベンガル湾から上陸するか、二つしか上陸の方法がないの。しかも、上流へ上って上陸しても広大な密林の中を延々と南に下って行軍しなくちゃ、この国には辿り着かないわ。下流に下るにしても、長々と伸びる船団の柔らかい横腹をこの国に晒(さら)すことになって、断崖上からの弓、砲撃をベンガル湾に出るまで耐えなくちゃならないの。これは、たまったものじゃないわ。という理由が考えられるわ。」

「なるほど……。」

 イキである。

「次に西に接するニランガ、ドアス両王国の側から考えるとね、この二つの王国は小国すぎて、もしこの国を勝ち取っても、それを維持するだけの兵力を持たないの。なんていったって大国トゥラン・スイパと領土を接するんだもの、かなりの兵力を割かなくちゃならないわ。そんな事をすれば自国の守りさえままならなくなる、他にも王国が乱立していますからね。ねぇ、これであたしの言った事が分かるでしょ。」

「それから?続けてユマちゃん。」

「それから、二つ目の要因として経済的な側面があるの。楽市楽座って言葉知ってる?これはね、商人たちの自由交易を保障する制度で、この国ではそれをしているの。これによって、この国の経済力は他国を遥かに凌駕(りょうが)しているわ。経済力はそのまま、その国の国力になるのよ。これで他国を牽制(けんせい)できるわ。この国の王は、これを上手く使って巧(たく)みに外交をして、他国との均衡を保っているなよ。今回の婚姻話も無縁ではないわ。」

「だが、それだけじゃあ少し無理があるだろう。よその国だって、それなりに同じようなことが多かれ少なかれあるだろうし……。」

「そうね、このふたつの要因だけじゃ無理があるかもね。他国の中には完全に占領せずに領土の一部なりと掠(かす)め盗ってやろうとする国が在ってもおかしくない。それでは、全然戦乱に巻き込まれない理由には乏(とぼ)しいわ。」

「だったら他にどんな理由があるんだ?」

「あたしの考えでは後二つ。それをこれから話すけど、残り二つの要因は今度の一件に深く関わってくると思うから、よく聞いて。

 一つは、この国の王が対外的に公的な場で永世中立国を宣言しているという事。これで他の理由はともかく、この国に脅威を感じて攻められる前に攻めてやるっていう理由で他国が攻めてくる心配が無くなるの。もし、この国が宣言を守らず他国へ攻め入れば、その他の諸外国が黙っていないわ。そんな事をすれば自分で自分の首を絞める事になる、そんな馬鹿な事をする筈もないもないから周辺諸国はこの国を信用出来るわ。隣国はこの国に対して、あまり警戒をする必要がなく安心して兵力を他へと向けられるって訳で、これを崩すのは愚の骨頂(ぐのこっちょう)って訳。」

「それで、もうひとつってぇのは?」

「もうひとつの要因は、バラム・キツュの森があるって事よ。

 あたしは、この事が最大の要因になっていると思っているの。今日になって初めて分かった事なんだけれども、バラム。キツュの森が人々に与えている恐怖心は尋常じゃない。神話にまで遡(さかのぼ)って語られる昔話は、様々な彩りを見せてカキシャ河流域に乱立する国々に鳴り響いているのよ。これはもう諸外国にとって不可侵の魔界となっている。

 そんな国に攻め入ろうなんて奴はいないわ。」

「なるほどな、大体の事は飲み込めた。

 それで今度の一件、どう関わってくるんだ?」

「まず、お姫様ね。もし公の場でお姫様がトゥラン・スイパの王子に襲い掛かってごらん、この国が宣言した永世中立国の盟約は吹っ飛んでしまうわ。

 そして白虎。

 バラム・キツュの森の恐怖心を和(やわ)らげる一番の方法は、バラム・キツュの森を象徴するものが皆の見ている前で意図も容易(たやす)く倒されてしまうこと。」

「そうか!アムジカに白虎の心をとりつかせたのは、王子を確実に殺すため。

 白虎の心をアムジカにしたのも容易く白虎を殺すため。」

「そう。そして、もしこれらの計画が成功した場合、この王国は確実に滅んでしまうわ。

 永世中立国の盟約を破ったと、白虎を倒して恐怖心を緩和(かんわ)した諸外国が大挙して、この王国を蹂躙(じゅうりん)していくわ。

 バラム・キツュの森の伝説がある分、徹底的に破壊されるでしょうね。」

「で、でも、それってユマちゃんの推測なんだよね。何か確たる証拠がある訳でもないでしょ?」

信じられず、ゲンジとシュレイを交互に見渡し同意を求めるようにイキが言った。

二人は、そんな様子のイキを見て、珍しくシュレイが口を開いた。

「また、見てきた。ということか……。」

「うん!」

ユマが元気よく返事する。

怪訝そうなイキ。

「こりゃあ大仕事になってきた!」

ゲンジの方は興奮して赤らんでいる。

「えっ、あの、それってどういう事なんです?」

「上手く説明してやれねぇが、ユマの言った事ってぇのは全部本当の事ってことだ。」

「そんな……。」

 イキの顔は蒼白になっている。

「大丈夫ですって、敵にしてみたら謀略を実行しようとするこの時期に、あたしたちがこの国にいたのが運の尽きなのだ!」

 フォークを高々と掲(かか)げユマは言い放った。

「それで、作戦ってぇのは?」

 ゲンジがあさってを向いてフォークを掲(かか)げるユマに先を促(うなが)す。

「作戦?あ、そう、作戦よね、一応作戦の立案はしてみたのだけど、ほとんど臨機応変になっちゃった。」

「なんだいそりゃあ、いつもは作戦通りにやれってうるさいクセに。」

「だってぇ、こんな大それた計画を相手にするには不確定要素が多すぎるんだもの……。」

「何、不確定要素って?」

「うん、まずね、あのトヒルのこと。見えなかったのよねぇ……、あいつ。」

 ユマの言葉にゲンジとシュレイの表情が驚愕に染まる。

「あのトヒル、尋常ならざる力の持ち主みたいだけど今度の一件、あいつが単独で動いているのか、それとも何かしらの組織に属しているのか……。これを間違えると大変な事になっちゃうわ。」

「奴は、俺が倒す……。」

 虚空(こくう)を見つめシュレイが呟く。

「それからねぇ、あさってに行われる結婚式がこの国で執り行われるってこと。そう言ってたわよね、イキさん。」

「そうだよ、昼間城内に出入りしている商人から得た情報だから、まず間違いはないと思うよ。でも、何故それが不確定要素になるんだい?」

「だって考えてみて、お姫様は嫁ぐのよ、婿を貰うわけじゃないわ。

 大国トゥラン・スイパとの力関係なら当然、式は本国で行われて姫様が輿入れするのが本当よ。でも今日聞いた話じゃ、式はこの国で行い、その後、姫様を連れて本国に戻るってことじゃない。すごく不自然なのよ……。

 もしかしたら、この結婚話がそもそも計画の一部なのかも知れない。そう考えると、あのトヒルとトゥラン・スイパ王国は繋がっているんじゃないか?って事になるし、そうじゃないとしても、あの大国の兵力が王子の護衛として堂々とこの国に入ってくるのよ。一旦事が起きた時に彼らがどう動くか・・・。」

「なんか……、僕たち、とても不利なんじゃない?」

「あたしたちが不利なのは最初から分かってるじゃない。それに、これだけじゃないのよ。

それは、あたしたちの存在……。」

「わしたちの存在?今度の件に何の関係があるんだ?」

「ほら、夕べの事を思い出してみて。妙に静かだった王城内にタイミング良く現れたトヒル。あきらかにあのトヒル、あたしたちの行動を読んでいる。

そして、あの挑発的な態度……。しきりに遺恨を残したくありませんとか言っちゃって、あたしたちを今度の一件に巻き込もうとしてるのよ。」

「でも、そんな事をして何のメリットがあるんだい?どうやっても僕たちは、そのトヒルの敵に回るって事ぐらい分かってる筈じゃ……。」

「ちょっと想像してみて。事件を防ごうと駆け回るあたしたちをトゥラン・スイパの兵士達が見て、その目にどう映(うつ)るか?」

「どう映るんだ?」

「あたしたちは異国人よ、それもカキシャ河沿岸流域の国家、民族とは全く別の国の……。

もし、それをこの国、カバルカン王国が遠い異国と手を結んだなんてふうにトゥラン・スイパの兵士達に見られたら……。」

「例の中立宣言か……。すると、わしたちも奴の計画に入れられちまったわけだ。」

「そうよ、そう思って間違いない。それから……。」

「まだ、あるのか!」

「まだあるの。これは、イキさんには少し辛い話になるんだけど……。

 今度の一件、お姫様は、あたしたちの敵に回るのよ……。」

「な、何でそんな事を。いくらアムジカと白虎の心が入れ替わっているからって……。」

「いいえ違うの。彼女は自分の意志で、あたしたちの敵に回るのよ。

 夕べの事を思い出してみて、あなたを邪魔するような行動。

 もし仮にあなたに会いたかっただけだとしても、なぜ彼女はあなたに自分の事を伝え様とはしなかったの?たとえ獣の体になっているにしても、地面に文字を書く事で伝えられたはず。

 それにイキさんが「言葉が分かるのか?」って聞いても応えなかったって言ってたじゃない。」

「しかし……。なら、なぜ僕たちの敵に回るって言うんだ。」

「いい、王国が滅ぶと彼女に一つだけメリットがあるの……。それはイキさん、あなたと晴れて一緒になれるってことよ。彼女は王国とあなたを秤に掛けて、あなたを選んだのよ。」

「そ、そんな……。」

 愕然とするイキ。

「そんなに落胆しないでイキさん。そんな事をさせないように今、あたしたちはここにいるの。その為に腕が痛むのを我慢して今日一日作戦を練っていたんだもの。」

「よし。その作戦とやらを説明してくれ。」

「じゃあ言うよ。まず解決しなくちゃいけないことは四つ。

 優先順に、お姫様を元に戻すことが先決なのだけど、これはもう、あのトヒルに聞くしか手はないわ。だから、まずトヒルを獲っ捕まえる、姫様の体を保護。この時点で姫様を元に戻せるかで勝負が決まるわ。後は獣に戻った白虎を倒し、イキさんの想いを……。」

「ちょっと待て。おめぇ、この上イキの願いまで叶えようってか。」

「あったりまえじゃない。今度の一件、これが全ての鍵を握ってるんだから。

 そして、あたしの考えたあの素晴らしい計画を実行に移すのよ。」

「おめぇ、せっかく書き上げた計画だから使わねぇと勿体(もったい)ねぇ、とかおもってねぇか?」

ジト目で見ているゲンジから目を逸らしながらユマが続ける。

「コホン。決行は結婚式当日、誰にも悟られないようにね。」

「おいおい、誰にも悟られないようにしなくちゃなんねぇんだろ、何で、そんな時に動くんだ?目立ってしょうがねぇぞ。」

「だから、さっき言ったでしょ、今回は不確定要素が多いって。トヒルや姫様の行動を予測できるのは結婚式が始まる時。今、闇雲に居所を探し回ってもあいつの術中にはまる可能性が高いのよ。

式の始まる時あいつは必ず現れる。いい、その時が勝負よ!」

それからユマは作戦を各々に細部に渡って説明していった。

ゲンジにシュレイ、そしてユマまでもが例え様の無い引き締まった表情をしていた。それは、数々の修羅場をくぐり抜けた者だけが持つ表情なのかも知れない。

イキは、普通、平凡と称されるのが自分だと思ってきた人間だ。それが祖国存亡に関わるなんて現実感がまるで無かった。それでも恋しい幼なじみを想うと出来る限りの事は、いや、たとえ自分の身に余ることでも投げ出すわけにはいかなかった。

各々それなりに覚悟を決めていく。

 ささやかな作戦会議は深夜まで及び、必要とされる道具のリストやら武器の確認、それぞれ役割を果たすべく結婚式前日を過ごしていった。

 そして運命の結婚式当日の朝が明けていった。



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